
【SHINYAKOZUKA】2024SSについて

2024 SPRING SUMMER COLLECTION
ISSUE #4
デザイナー : 小塚信哉氏より
「I love you」を夏目漱石が「月が綺麗ですね」と訳した話があります。
正しい訳とは何かと思わせる素敵な訳し方だと思います。
イタリアンレストランでエプロンをしてあくせく働く店員。
そのお店でマルゲリータ的なものを囲むカップルになるかどうか微妙な距離感の男女。コンビニで僕の前でタバコを3箱買い、上下スウェットで路地裏に消えていくおじさん、柴犬を連れてとことこ歩くおばあさん。
どこに行ったら手に入るか分からないロゴが入っているキャップ。男性たちに両脇を抱えられて千鳥足で歩くロングコートを着た女性。粗大ゴミシールを貼られ朝を待つソファ。看板だけで美味しいのが分かるトンカツ屋、右手に"プレミアム"なビール 夜の帰り道に見た光景です。
散歩するのが好きでよくビール片手に歩いています。20歳の頃は、終電で神戸や京都に行き、朝にかけて実家の大阪まで歩いたりもしていました。綺麗な景色や名所は通らずに、商店街や住宅街を歩き、偶然出逢った上記の景色等を見るのがとても心地よく感じます。
頭の中でこれらの景色は勝手に、それぞれがそれぞれの役割を演じている劇にも見えるし、限られた情報の中で、その奥のストーリーを思い描く詩を読んでいるような感覚になるからです。 若い頃のように、半日かけての散歩はなくなりましたが、 気が向くとアトリエ・事務所から自宅に歩いて帰ったり、 自宅のある最寄りから少し離れた駅で降りて散歩しながら帰るようにしています。 散歩をしている時が、一番考え事をしていたり、アイデアを練っている時間で リラックスしたとても心地よい時間が流れます。頭の中は、真っ白なキャンバスに言葉や絵が描かれていきそれらが、住宅街の何の変哲もない景色に重なり、絵空事みたいな景色になる感覚です。(ビールも手伝って。)
ですので、「ストリート」という言葉は自身にとっては 「ファンタジー」なのかもしれません。絵を描く際に、月と家のモチーフをよく描きます。 昔から好きで、何故だろうと思っていました。 「好きなミュージシャンがよく月について歌っているから」「バウハウス的な丸・三角・四角の組み合わせに見えるから」そんなところかなと思っていたのですが、 「散歩で見るよく見る景色」これが一番しっくりくる気がします。
今回、ずっと何故か青と金が気になっていて、 イヴ・クラインの作品かなーと思っていたのですが、 散歩中に片手に持っていたプレミアムなビールの配色を見て、 「これだ!この親近感だ!」 と、なりました。このように、散歩中には得れることばかりでした。
いつも、 裏の方が素敵、豊かさは隠れたところにあると考えてモノを作っていたのですが、リサーチの過程で、とある本を読み自身のバイアスが壊れました。 そこから裏 "も" 素敵と、言いたいのだと思うようになりました。
シンプルに「表も裏」も「上も下」も「右も左」も「強いも弱い」も 肯定できるような...美味しいモノはもちろん作りながら 「美味しそう」と笑顔で言い合っているような情景を 「美味しい!」と誰かと共有しているような情景を作れるブランド。そのステップになれているかな? なれればいいな と思ったコレクションです。
今回は散歩がきっかけで、 歩くというのは、フィジカルにもメタファーとしても良いと思い、 タイトルは「WONDERFUL WANDER」にしました。「素敵な散歩」という意味ですが、 訳がしっくりきませんでした。
言いたいことは、散歩が素敵ということではなく、 上記のような情景をそれぞれの生活の豊かさの足しにしてもらいたいという気持ちです。ですので、 もちろん今回の情景をそのまま表したり、喜びや感動を共有して所有したりしてもらいたいという願いを込めて、 WONDERFUL WANDERと書いて、 自分なりに訳してこう読むことにします。
「月が綺麗ですね。」
ISSUE#4 WONDERFUL WANDER 月が綺麗ですね